天才と先輩と始まり

「やっぱりさ、お前はここにいるべきじゃないと思うんだよ」

 柿崎先輩は僕にそう言った。
 一般的に考えて、その通りだとも思った。

「お前ならもっと上のトコ行けるだろ?なんでここにいんだよ」

 確かにこの研究施設は特に名が知られているわけじゃない。今時のごく普通の、そんなに大きくもない研究所だ。
 数年前、どこかの大国が宇宙に向けて爆弾を放った。理由はわからない。どこかの機関がクーデターを起こそうとしたとか、上層部の命令だとか色々言われている。
 それはともかくとして、その結果。
 軌道が大幅に狂ってしまった小惑星が、現在地球に向かって近づいている。
 いくら「小」惑星といえど、衝突すれば人類どころか生命が滅びる。著名な天文学者がその年に出した結論だ。
 もちろん世界中がパニックになった。
 偉い人の計算だと、あと六年で地球は粉々になるらしい。
 そうなる前に何とかしようと、世界各地で科学者になる若者が増えた。最近は大学と研究所が合併した施設に進学するのが主流になっている。
 僕は別に愛国者でもないし、地球が大好きな人間でもない。
 温かい家族もいなければ、喜びを分かち合う友人も恋人もいない。
 ただ、終末を阻止しようと回る世界は生きにくい。皆が皆タイムリミットを気にして動き回り、それが空回りなんて苦しくて息が詰まる。
僕はそれを見たくないだけだった。

「さぁ?」
「さぁってなんだよ」

 おどけて言った僕の曖昧な返事に、柿崎先輩が眉を顰める。
 友人はいないと言ったけど、多分僕は先輩のことが好きだ。
 きっとこの世で一番気に入っている人間。

「ちゃんと答えろって。お前超頭いいだろ、教授や研究主任以上に。もしかしたら有名な学者を上回るってくらい。そんなお前が、なんで俺みたいな普通の奴の進む大学研究所来てんだ」

 先輩は高校時代からの付き合いで、友人のいない僕にいい意味で突っかかっては無視されていた。
 人気者の柿崎先輩は仲のいい「ダチ」が沢山いたにも関わらず、何故か僕に付きまとっていたのだ。
 人間関係を構築するのが苦手な僕だが、先輩は別に不快な存在ではなかったからそのままにしておいた。
 地元の施設に進学して、先輩は入学式で僕を見つけた。
 「どうしてここに」、と。
 それからだ。僕に対してこんな質問を投げかけてくるようになったのは。

「あえて言うなら、『過去を塗り替える』にはここがいいと思ったから」
「はぁ?」

 地球滅亡を防ごうとあくせくしている世の中だが、僕は既に解決法を自分自身の手で見つけていた。
 しかし、それを実現する助手がいない。
 レベルの高い研究所の科学者と組むという手段もあったが、僕はとうにその相手を選んでいた。
 柿崎先輩は本当は凄く頭がいい。むしろさっきの質問は彼がされるべきだ。
 でも本人は全く気付いていない。「やればできる」程度にしか。

「ねぇ先輩」
「なんだよ」

 賢いだけの他人とは組みたくない。
 でも柿崎先輩と一緒なら何とかなる、と思う。
 他人だった人間だって、先輩なら仲間にできる。

「愛で地球は救えなくても僕は救えます」

 だから決めた。

「僕と地球を救ってください」


古波倉しゅれてぃんがーへのお題は『苦しくて息が詰まる・過去を塗り替える・愛で地球は救えなくても僕は救えます』です。 http://shindanmaker.com/67048
診断メーカーのお題から生まれた短編でした。
2015年頃の文章なので、厨二臭くて死にそうですが、細かい修正はあれど、そのまま掲載しています。