ある冬の日

 そこまで立派ではない庶民的な学生寮は、真冬になるととてつもなく冷え込む。室内でも若干息は白くなるし、冷暖房に無頓着な僕の部屋なんて極寒だ。
 そんな時期、柿崎先輩は部屋をよく訪れる。
 ちょっと厚めの服装をして、入って来るなり僕の部屋の暖房をつける。
 それから黙々と作業をする僕を背後から、ぎゅっと抱きしめるのである。
 何がしたいのかさっぱりだ。どういうつもりか以前質問したことがあるが、その時の先輩は顔を赤くして「カイロ代わり」とだけ言った。
 明らかに焦っている様子だったが、なんだか面白かったので、それ以上は追及しないでおいた。
 僕の体温は一般と比べて低めである。
 カイロ代わりなんて、先輩のバレバレの嘘なのだ。
 今日も柿崎先輩はいつものようにやって来た。
 専門書を読む僕を後ろから抱きしめて、僕の首筋に顔を埋める。多分僕が動かない限り、ずっとそのままだろう。

「……先輩」
「どした?」

 ふにゃりとした声色。
 リラックス状態にあるのだろう。
 普段のツンツンした何かが足りない。

「こんなことして、何が楽しいんですか?」

 ストレートに訊いてみる。
 先輩は「直球だな」と苦笑いした。

「カイロにするには僕なんて冷たすぎますし、きっとこういうのは女の子のが喜ぶと思うんです」
「女の子なぁ…」

 柿崎先輩は遠い目をする。何処か哀愁漂う雰囲気。
 これはもしかすると。

「振られたんですか?」
「言うな!」

 図星だった。
 俺は小さく溜息をつく。
 先輩は僕に抱き付くことで、現実逃避をするつもりだったのだろうか。
 そう言おうとしたら、先輩の言葉に遮られた。

「…俺さ、夢があんだよね」

 ぽつりと続ける。

「六年後までに彼女つくって、こうやって抱きしめる」

 柿崎先輩は、僕を抱きしめる腕に力を込める。
 なんて力強いんだろう。

「で、小惑星の衝突を待つ。『今なら死んでもいい』って思えるような最期にしてぇんだよ」
「せん、ぱい」

 明るい性格の先輩が、死ぬ時のことを考えていた。
 別にこの世界に生きる人間が普通に考えてもいいことなのに、何故か僕はひどくショックを受けていた。
 やっぱり今の世は生きにくい。
 僕は表情を普段のものに戻して、専門書をぱたりと閉じた。

「とんだ夢物語ですね」
「ひでぇ!」

 先輩をハッと鼻で笑い、宣言する。

「僕が世界を救うので、そんなことは起きませんよ」
「お前……」

 悲しげだった柿崎先輩の目に光が戻る。
 これでこそ僕のパートナー。
 先輩はいたずらっ子のように歯を出して笑った。


古波倉しゅれてぃんがーへのお題は『今ならしんでもいいよ・抱き締める腕の強さ・ひらがなで呼ぶ名前』です。 http://shindanmaker.com/67048

(立ち直ったんなら離れてください)
(嫌だね)
(どうして?)
(俺がお前をあっためてやってんの!)
(言ってることがさっきと全然違うじゃないですか)